ウインドミル・エデュケイションズ株式会社 飯野一

5月 5, 2019
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ウインドミル・エデュケイションズ株式会社(https://windmill-edu.com/)

ウインドミル・エデュケイションズ株式会社(https://windmill-edu.com/

2003年に日本で初めて国内MBA受験指導に特化した予備校として設立。国内MBA受験指導において、業界初の試みを数多く生み出してきた。ネットやメールを活用した指導、研究計画書の無制限添削指導などがウインドミルが業界で初めて実践した。現在は、これらの方法は業界のスタンダードになっている。国内MBA受験指導における革命者、常識の破壊者として、業界ではトップクラスの実績を出している。

本日インタビューさせていただいたシャチョー

飯野 一

早稲田大学大学院アジア太平洋研究科国際経営学専攻(早稲田大学ビジネススクール:MBA)2003年修了。ウインドミル・エデュケイションズ株式会社 代表取締役、ウインドミル・ジャパン株式会社 取締役(不動産運用)、ウインドミル・エクストリーム 取締役(美容室)。発表論文に「上司の動機付け言語が、部下の仕事満足と仕事の成果に及ぼす影響」(日本ベンチャー学会)、著書に「国内MBA研究計画書の書き方」(中央経済社)、「国内MBA小論文対策講座」(中央経済社)、「国内MBAスクール白書」(中央経済社)、「国内MBAスクールガイド」(東洋経済新報社)、「はじめての人のマーケティング入門」(かんき出版)などがある。

1.事業の面白さを知ったのは、母の勧めで始めたピアノ教室

まず、創業までのご経緯をお話いただけますでしょうか?

実は大学卒業後は就職せずにバンドをしていたんですよ!XJAPANとかルナシー世代でああいった激しい髪型をしていました。それも高校ぐらいから。こんな頭で当然就職はできないですよね(笑)

そういった就活生はいないですよね。大学卒業後はアルバイトとかされてたんですか?

はい。音楽、ピアノをやりながら、フリーターとしてぶらぶらしていました。バイトだとビルの清掃とかバンドマンあるあるのアルバイトです。そういった生活を続けている私を見かねた親に『お金は出してあげるから、ピアノ教室を開きなさい!』と言われました。親としたら世間体とかも気にしていたんだと思います。そういった経緯でお金を出してもらってピアノ教室をやりました。

ピアノ教室は初めての事業だったんですね。ピアノ教室はうまくいったんですか?

はい、結構お客さんが集まったんですよ!バンドのリーダーとしてストイックに活動していたので、ピアノの技術はかなり高かったですし、なんといっても奇抜な見た目に面白がって、お客さんが集まりました。

徐々に外見も実力も人に認められると反骨心もなくなってきましたね。徐々に大人しくなってきました。同時に事業を行うことの面白さを感じました。これが僕にとっての初めての事業です。

そこからいろいろと事業を行ってきました。一番力を入れて取り組んだのは、人材派遣会社です。もう20年くらい前の話です。当時かなりの成長市場だったので、事業は順調に進んでいました。仲間数人で始めた事業なのですが、事業等の方針の相違により、当時の私が持っていた株式はメンバーにすべて買い取ってもらい、それなりの退職金をいただき退職することにしました。

2.MBAとの出会い

今の職業とは全く違うところから、事業を展開されてきたんですね。辞められた後は何をされたんですか?

辞めて、2,3年くらいぶらぶらしていました。その中で、早稲田大学のMBAについて知る機会がありました。起業家を育てることを目的としていて興味を持ちました。説明会に行き、そこで私の恩師の先生に出会うことになります。わたしに『君みたいな人を待っていたんだよ!』といっていただいたのが印象に残っています。その後早速受験の準備をして、試験に臨み、無事合格して入学することができました。

そこで恩師の先生との出会いがあったんですね。MBAでご経験されたことや当時の生活についてお話いただけますか?

一番に恩師である先生に出会えたことがすごくよかったです。ロンドンなどグローバルに活躍されてきた方でロンドンの大学のPHDも取得されています。実力さえあれば、いろんなチャンスを与えてくださる方で、学会で発表する機会とかもいただきました。もちろん私自身頑張りましたし、1日15時間の勉強を2年間続けました。寝ているか勉強しているかっていう生活です。

あと、人とのつながりが広がりました。早稲田大学の宣伝をするわけではありませんが、早稲田大学MBAは特にアジア地域での知名度、評価が格段に高いです。それ故にアジア圏の財閥の方や有名企業の方がたくさん来られます。そのグローバルなネットワークを目的に入学される方もいらっしゃるくらいです。インドの方と仲良くなり、その方の協力を得て、インドにビジネス進出されている方もいます。卒業後のネットワークも貴重なものになりました。卒業後は起業したり、もしくは会社の幹部メンバーとして活躍されています。その卒業生のネットワークは大きな財産です。ビジネス上での関係を超えた、何か特別な仲間意識をみんな持っているのです。

そもそもなぜMBAの塾をやられようと思ったのですか?

それは私の実体験からです。実は私はMBA受験のための予備校に通いました。合格はしましたが、予備校で勉強した内容が実際の試験に直結してないことに気づきました。予備校が重要だといってプログラムに入れている内容も実は重要でなかったり。やはり稼ぐことを優先させて、そこを軸にプログラムを構成しているんだと私は思いました。実際受験生はこの事実を知る由もないですよね。この業界は壊れている!そう思いました。壊れているものをみると直したくなるんですよね。それをきっかけに卒業後はMBA入学のための塾を始めました。本当に求められることを中心に教える塾にしようと思いました。

3.メディアにも取り上げられる。

こういったきっかけで創業したのがウインドミル・エデュケイションズ株式会社です。創業したのは35歳の時です。創業1年目は5人くらいしか生徒として集まりませんでした。明らかな赤字ですよね。それで1年目の7月に大学の先生にご紹介いただいたのもあって本を出版したんですよ。そして1年目の生徒さんは5人全員合格することができ、さらに2冊目の本を出したんですよ。そしたらそのタイミングでマスコミにも取り上げられたり、新聞の一面に取り上げられたりしました。それもあって入塾希望される方が毎年何十人も来てくれるようになりました。最終的に書籍は7冊出版して、2冊がベストセラーになっています。私は常に受講生の人生を考え、本気で向き合い、サポートしてきました。だから本気の方にぜひ当塾に来ていただきたいと思っています。

4.自由に、責任感をもって

将来起業を目指している人へのメッセージをいただけませんか?

そうですね。私は起業して、起業には特に人からの制約を受けずに自由に生きていけるという良さがあると思います。自分で決めて自分で責任を取るということです。その姿勢さえあればどんどん広がっていくと思います。

すごくわかります。責任感をもたれている方はどこか違いますよね。

はい、腹をくくれている人はね。そういう姿勢を若い人にはぜひ持っていただきたいですね。よくキャリアがどうとかいろいろ言われますが、全部自由なので自分で考えてください!と言いたいですね。

結構に皆さん自分のキャリアについて考えすぎて起業できない方が多いですよね。

確かに多いですよね。起業したあと、得られる出会いや財産はたくさんあります。金額とかには換算することのできない無限の資産になります。勇気をもって踏み出すことを勧めます。私自身働き盛りの30~33歳くらいまで無職だったんですよ。当時周りからいろいろ言われましたが、いつ自分の人生のアクセルを踏むかはその人次第なんです。0ベースで自分の人生がいかにハッピーに、どう豊かにするかという視点で人生を考えたほうが良いとメッセージを送りたいです。

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